時事問答: 2013年参議院選挙

聞き手: 趙 成仁                      掲載日: 2013年8月9日


Meridian 180 spoke with Professor Shigeki Uno about the significance of Liberal Democratic Party's landslide victory in the 2013 Upper House election in Japan and what this means to Prime Minister Shinzo Abe's domestic and foreign policies going forward.

メリディアン180: 今回の参議院選挙の結果についてどのようにお考えですか?

宇野重規教授: 結果からいえば、自民党の圧勝に終わりましたが、安倍晋三首相の政権が国民から全面 的な信認を受けたわけではありません。むしろ、民主党をはじめとする諸野党が有権者に有効な選択肢を示すことができなかったために、自民党は戦わずして勝 利したという方が現実に近いのではないでしょうか。自民党は、TPPや原発の再稼働について、あいまいな態度をとり続けました。また憲法改正についても、 反対勢力は少なくありませんでした。とはいえ、野党側がこれらの争点を明確化することに失敗した結果、安倍政権の半年の評価と、衆参のねじれ状態の解消の みが、争点になってしまいました。

メリディアン180: 自民党の圧勝に終わった今回の参議院選挙ですが、上記以外の勝因は何だったのでしょう?

宇野教授: 五年続いた小泉純一郎首相の政権以後、日本では、ほぼ一年おきに首相が交代するという異 常な状態が続いていました。それだけに、とりあえず安定した政権の存続を有権者が望んだ結果だと言えます。「アベノミクス」と呼ばれる安倍首相の経済政策 がうまくいくのか懸念は残るものの、とりあえず景気が回復基調にある 以上、このまま様子を見ようというのが、国民の判断だと思います。

メリディアン180: 逆に去年まで政権を担っていた民主党がこれほどまで国民の支持を失ってしまったのは何故でしょう?また、日本で二大政党制がなかなか根付かないこと、そして野党にまとまりがないことには理由があるのでしょうか?

宇野教授: 2009 年の総選挙で、日本の有権者は政権交代という大きな選択をしましたが、その後の民主党政権の3年の実績をみて、大きな失望を経験することになりました。具 体的な実績評価以前に、そもそもこの党に政権を運営するだけの能力、党内をまとめていくガバナンス能力が欠如していることが、明らかになったのです。

自民党が長らく政権を独占してきたため、日本の野党には、政権運営の経験がありません。とくに民主党の場合、90年代の政治改革によって 導入された小選挙区制の力によって発展したという側面があります。そのため、非自民党という以外に、党をまとめてあげていく理念が乏しいのが弱点です。

今回、台風の目かと思われた日本維新の会は、共同代表の橋下徹大阪市長が慰安婦問題に関して失言したこともあって、失速しました。新自由 主義的な色彩が明確なみんなの党も伸び悩み、原発やTPP問題などに関して立場の明確な共産党が唯一、自民党への批判票の受け皿となりました。

とはいえ、野党全体としてはばらばらで、自民党の独走を許してしまいました。現在の選挙制度の下では、自民党に挑戦する側は一体にならな いと勝負になりません。とはいえ、ともかく非自民ということだけで一つの政党を作ろうとした民主党の失敗が明らかな今日、野党結集はけっして容易ではあり ません。

メリディアン180: かなり重要な争点が多い今回の選挙でしたが、投票率は2010年の参議院選挙よりも低くなってしまいました。その点についてはどうお考えですか?

宇野教授: 長期的な推移でいえば、1990年代から投票率は低下傾向にあります。とくに20代の若 者の投票率の低さが特徴的です。2000年代に入ってやや持ち直した ましたが、昨年末、そして今回の参院選と低い投票率になってしまいました。この間も自民党の得票数は安定しているので、増減を繰り返しているのは自民党に 批判的な層です。この層は政権交代に失望し、しかも、今回の参院選では重要な争点についての選択肢が十分に与えられなかったために棄権に走りました。とく にこの半年、かつて政権交代を支持した層は、民主党のさらなる迷走に失望を深めました。

メリディアン180: また今回の参議院選挙を経て、政界・政権の再編成(新たな連立など)が行われることになるのでしょうか?

宇野教授: 自民党と連立を組む公明党が憲法改正に消極的であることから、安倍首相の側で憲法改正に 積極的な諸政党との連合を目指す動きが生じる可能性はあります。その 場合、民主党内の改憲派を含む、政界再編が起きるでしょう。他方、自民党に対抗する野党勢力の結集を目指す政界再編もありえます。この場合、どの勢力がそ の主導権を握るかが重要なポイントになります。

とはいえ、現状では、大きな政界再編は起きにくいのではないで しょうか。自民党にとって、安定した支持基盤をもつ公明党との関係を解消することにはリスクがありますし、野党の側でも、民主党内のリベラル勢力と日本維 新の会の保守勢力の連携は困難です。自民党と公明党の連立政権が両院で安定多数を獲得した以上、政界再編の動きは加速しにくいと思われます。

「ねじれ」国会が解決したことで、安倍首相の政権運営はどう変わっていくのでしょう?

宇野教授:  この半年間、安倍首相はかなり「安全運転」をしてきました。安倍首相がもっとも実現したいと思っているのは憲法改正ですが、これを強行するよりはむしろ、 景気の回復に集中してきたからです。今回、念願の「ねじれ」国会の解消により、これまで我慢してきた首相の本来の傾向が強く出る可能性はあります。

メリディアン180: 今回の選挙で意外だったことはありますか?

宇野教授: 共産党の躍進は、予想以上でした。東京、京都、大阪などで共産党が議席を獲得したことは、都市部における自民党政権への批判勢力の大きさを示したと思いま す。とはいえ、その分議席を失ったのは民主党であり、ある意味で、野党内部において票の移動があったに過ぎないとも言えます

メリディアン180: 今回の選挙の大きな争点の一つは原子力問題です。安倍政権は原発再稼働に踏み切ることになるのでしょうか?

宇野教授: 昨年末の総選挙に続き、今回の参院選でも、エネルギー政策が重要な争点として争われてお かしくなかったにもかかわらず、議論は深まりませんでした。2030年代までの原発廃止を訴えつつも、その移行プロセスを明確に示さなかった反原発派にも 問題はあります。とはいえ、それ以上に、安倍政権による原発再稼働への姿勢は、あたかも3・11の事故がなかったかのようであり、あまりに無反省でした。 再稼働するにしても、その基準をより明確にすべきでしたが、特段の指針は示されませんでした。おそらく、このままなし崩しに原発が再稼働されていくと思わ れます。

メリディアン180: 今回の選挙のもう一つの大きな争点の一つは憲法改正ですが、今回の選挙結果を受けて、安倍政権は九条改正に踏み切ることになるのでしょうか?

宇野教授: 今回、安倍首相は戦争の放棄をうたった第九条ではな く、憲法の改正手続きを規定する第九六条の改正を先行しようとしました。憲法改正に対する障壁を下げようとしたわけです。しかしながら、具体的な改正の内 容抜きに、改正手続きのみを先行して改正しようとする試みは、世論の支持を得ることができませんでした。とはいえ、安倍首相はその任期のいずれかの段階 で、第九条の改正を目指す意欲を失っていないでしょう。早かれ遅かれ、再度、問題提起をしていくと思われます。

メリディアン180: 中国や韓国そして日本国内からも日本の「右傾化」を懸念する声が聞かれます。日本は本当に「右傾化」しているのでしょうか?また、日本の「右傾化」の現状と今回の選挙結果の関係についてどうお考えですか?

宇野先生: 在特会(在日特権を許さない市民の会)のように、公 然と路上でヘイトスピーチを行う集団が横行するなど、排外的な主張が目につくようになっています。とくにインターネット上の言説には、その傾向が強く見ら れます。とはいえ、日本国民全体としてナショナリズムの傾向が強くなっているかといえば、それを示す有力な指標があるわけではありません。激しい言説を流 しているのは一部の人々だけで、多くの人々は特別、変化していないのではないでしょうか。今回の選挙でも、日本維新の会の橋下代表による従軍慰安婦問題に ついての発言は支持を得るどころか、大きな反発を招きました。

メリディアン180: 安倍政権の外交政策は今後どう変わっていくのでしょうか?

宇野教授: 安倍首相は、台頭する中国や韓国に対して、「強い」 日本というイメージを打ち出していくことを願っています。しかしながら、他方において、安倍首相にはプラグマティストとしての側面もあり、日中、日韓関係 をこれ以上悪化させたくないという意図もあります。今後、危険があるとすれば、安倍首相が自らの支持者によって押され、必要以上に対中・韓への強硬姿勢を 示し、後戻りできなくなってしまうときだと思います。

メリディアン180: 安倍首相は「強い」リーダーになれるのでしょうか?また、これまで毎年のように首相が変わってきましたが、安倍首相は任期を満了することが出来るのでしょうか?

宇野教授: 今後、3年間は、ある意味で安倍首相に与えられた期間です。この期間、首相が望まない限り、選挙はありません。この数年間の頻繁な首相の交代の一因は、選 挙の頻度にありました。その意味で、首相が「自滅」しない限りは、長い任期を全うすることはけっして難しくありません。すでに指摘したように、憲法問題や 外交政策で無理をしない限りは、首相の長期政権を妨げる要因は多くありませんが、やはり難関は景気です。はたして「アベノミクス」が実質的な経済成長をも たらすことができるかどうかが、大きな試金石となるでしょう。経済政策で首相がしくじれば、巨大化した与党内部に亀裂が生じることも予想されます。

メリディアン180: 最後に安倍政権の今後の課題についてお話下さい。

宇野教授: 直近の問題は、やはり消費税問題でしょう。はたして 予定通り、消費増税を実現できるか、これを回避するかによって、内閣の評価は大きく変化すると思われます。その後はTPP問題であり、これへの対応を誤る と、保守内部での支持基盤を損なうことになります。いずれにせよ、引き続き経済問題に集中することが政権安定の早道であり、憲法問題や外交政策でつまずく ようであれば、予想以上に短い政権に終わることもあり得ます。

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宇野重規: 東京大学社会科学研究所教授。専門は政治思想史。2007年に『トクヴィル 平等と不平等の理論家』でサントリー学芸賞を受賞。